富の象徴って? 未選択 2013年09月29日 「富の象徴って何か?」って聞かれたら、オイラに言わせれば「どれだけの役に立たない連中を食わせるか」って事だと思うよ。豊かな国ってのは、国家にとって落ちこぼれた人間をどれだけ養って食わせるかってのが国の実力なんだってね。かっては経済大国と言われたこの国も、もう、なりふり構っちゃいられないんだよ。「弱者にやさしい社会」なんて言うけど、その恩恵に与って得をしてる人間は生活保護費を不正受給してる奴や、偽装離婚で母子家庭手当をかすめ取ったりしている連中で、本当の弱者はやっぱり生き残れないのが現実なんだよ。弱者支援補助金なるものを減額されたのは、不正受給なんかをやってる不届き者の存在が大きいワケで、そんな連中のせいで、本当に支援が必要な人間がバカを見るのが現実なんだ。確かに憲法の言う基本的人権には「生存権」なるものがあるけど、 この聞こえのいい「基本的人権」って言葉が義務を切り離して権利ばっか主張する根源になってるのは間違いないよ。その結果、勤労や納税の義務なんかの都合の悪い事は他人に任して、「生存権」だけは主張しようという連中が増えすぎたんだもの。「基本的人権」とか「生存の権利」だの言って民衆を甘やかした結果、弱者と呼ばれる連中は労働をやめて生活保護に群がる有様。ソ連が崩壊して共産主義がコケたときは「民主主義の勝利」なんて言ってたけど、その民主主義のなれの果てがこのザマだ。結局、人間は共産主義どころか民主主義さえも扱えない、どうしようもない生き物って事だよ。民衆なんて犬や観光地の猿と同じで、下手な仏心を出すと大変な結果になるって事さ。ダーウィンの進化論で例えるなら「あそこの鳥はなぜ飛べないかと言うと、敵がいなかっただけだ」と言うこと。それと同じで「なぜ働かないかといえば、働かなくても国から金が貰える」って事なんだ。生活保護もらってる奴なんて、昔だったら「世間様には顔向けできないが、仕方なくやってます」って存在だったのが、 今じゃテレビに出て顔出して堂々とインタヴューに答えたりとか、自己主張を始めだしたよね。 PR